上郷村字板沢の曹源寺の後の山に、狢堂という御堂があった。昔この寺が荒れて住持もなかった頃、一人の旅僧が村に来て、この近くの清水市助という家に泊まった。そこへ村の人が話を聞きに集まって、いろいろの物語をするついでに、村の空寺に化け物が出るので、住持も居ついてくれず困っているという話をすると、それなら拙僧が行ってみようと、次の日の晩に寺に行くと、誰もおらぬといったのに寺男のような身なりの者が一人寝ていた。変に思ってその夜は引き返し、翌晩また行ってみたがやはり同じ男が寝ている。こやつこそ化け物と、かっと大きな眼を開いて 睨めつけると、寺男も起き直って見破られたから致し方がない。何を隠そう私はこの寺に久しく住み、七代の住僧を食い殺した狢だと言った。それから釈迦如来の檀特山の説法の有様を現じて 見せたとか、寺のまわりを一面尾湖水にして見せたとかいう話もあり、結局本堂の屋根の上から、九つに切れて落ちてきて、それ以来寺には何事もなく、今日迄続いて栄えているという話になっている。山号を滴水山というのも、その狢の変化と関係があるとのように伝えている。
遠野物語拾遺 一八七